歯科矯正する しないの考察(成人矯正)blog

治療計画を立案する際、「この患者に矯正治療が必要か?」という議論が度々展開されます。

そこで、今回は、特に全顎矯正について「歯科矯正治療をする、しない」の、私なりの考えをまとめみました。

歯科矯正するしない高津充雄

私はGP(General Practitioner:一般臨床家)です。

矯正専門医とは違い、中立な立場で矯正についての考えをもっていますので、参考になれば嬉しいです。

英語はこちら

English here

歯科矯正治療は大きく2つに分けられます。

1、小児期の咬合誘導・・・成長期で上顎・下顎の成長が残っている。この時期の早期の咬合誘導はとても重要。

2、成人矯正・・・上顎・下顎の成長は期待できない。順応能力が低く、補綴が装着されている場合はエナメル質による順応(咬耗)も期待できない。虫歯、歯周病、歯の欠損など、複雑な病態が絡んでくる場合は難易度が上がる。

今回は、成人矯正のするしないに的を絞って考えます。

小児の矯正と成人の矯正は、共通の目的もありますが、話を混同すると考えが混乱してしまいます。

ここで、大前提として、矯正にはリスクを伴うということを考えないといけません。

矯正をしたほうがいいのかどうかでいうと、ほとんどの方に歯列の不正があるわけで、完璧な歯並びを求めるなら、全ての人が矯正したほうがいいということになります。

しかし、矯正には期間、費用、後戻り、痛み、そして偶発症が伴います。偶発症には、歯根吸収、歯肉退縮などのリスクがあります。ですので、それらのリスクを踏まえても矯正したほうがいいのかどうかを考える必要があります。

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歯科矯正の専門医でも歯並びがガタガタで矯正していない人も多くいます。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2012/0428/503204.htm

矯正すれば綺麗になるのはわかっていますが、費用、期間、痛み、後戻り、偶発症などのリスクを考えて、矯正専門医でも矯正するかどうかは自己で判断しています。

特に、日本人は欧米の人と比べて、歯並びが悪いことを気にしない傾向があります。

個人的な理想としても、日本人ももっと歯並びを気にして、矯正治療がもっと普及すればいいと思いますが、現実的な文化の違いも考慮する必要があるでしょう。

成人の歯科矯正において、歯科矯正をする理由は、以下の5つで考えています。

1、審美改善

2、清掃性の改善

3、食事ができない、咬めないことの改善

4、力の影響で歯が失われるのを防ぐため

5、その他(便宜的に)

矯正をしたほうがいいという理由はたくさんあります。それらを総合的に考えて矯正の必要性を考えます。しかし、最終的には総合判断になるのですが、問題をごちゃごちゃにして考えると混乱します。まずは問題を分けて考えることが必要です。そして、必ず複数の問題が絡んでいるので、最後総合的に判断するようにしています

まずは、

1、審美について

ここが一番わかりやすいところでもありますが、混乱している方もいるかもしれません。

まず、審美は患者の気持ちによって決定するものです。ですので、歯科医師が勝手に必要かどうかの議論をするは少しおかしいようにも感じます。しかし、われわれはプロですので、この患者は審美的に歯科矯正治療をしたほうがよさそうかどうか、平均的な人と比べて数値的にどれほど差があるか、そして、もし、時間と費用をかけて矯正治療をしたならば、どのようなゴールを迎えれるか、の提案はするべきだと考えています。その上で、最後にやはり、審美改善の決定権は患者が行います。

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矯正専門医に来院するほとんどは、この審美改善を目的としています。

逆にいうと、GP(一般歯科医)はこの大切な部分を見落としがちです。

審美は顔貌口腔内の2つの審美に分かれます。

顔貌の審美

・上顎前突(出っ歯)

・上下顎前突(バイマキ、サル顔)

・下顎前突(猪木のように下顎が出ている)

に分かれます。

よく、口腔内写真だけを見て、矯正が必要かどうかの議論がなされます。

GP(一般歯科医)は、特に歯の長持ちのために矯正するという考えの方が多く、症例相談する場合でも顔貌写真(特に側貌)がない場合をみかけます。

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歯科矯正治療が必要かどうかの議論の際には顔貌写真はかかせません。

例えば、

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上の写真のような患者が来院し、検査をしたときに矯正治療が必要かどうかを口腔内写真のみでの議論はできません。

見た目の審美もよく、バーチカルストップ(咬頭嵌合位)も安定し、アンテリアガイダンス(臼歯離開)も良好です。

しかし、側貌に突出感があれば、審美改善の提案はできます。

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口腔内から歯の角度で顔貌をある程度推測できるときもありますが、やはり顔貌からの診断が必要になります。

ちなみに、下顎前突は歯の矯正のみでは顔貌の審美改善はしません。下顎を引っ込めて顔貌の審美改善を希望されれば、外科矯正(骨切り)が必要になります。(外科矯正なしの通常の矯正治療で歯並びが治せるかどうかはレントゲン診断、セファロ分析によります)

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口腔内の審美

例えば下の写真のような患者が来院したときに、顔貌はとても綺麗です

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しかし、このように、口腔内を見ると叢生が見られます。これを患者が気にしているのかの確認が必要となります。

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これらを踏まえて、審美改善のために歯科矯正をするしないを考えます。

2、清掃性について

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「叢生(歯のがたがた)があると歯ブラシがしにくく虫歯や歯周病の原因になるので矯正したほうがいい」という声を一般の方からもよく聞きます。

叢生がある患者に矯正を勧めることはおかしいことではありません。

しかし、逆に考えると、叢生があってもきちんと清掃できていれば矯正の必要はなくなります。叢生があり、歯垢が溜まっている口腔内をみて、清掃性の改善のために矯正が必要だと考えるのは早いです。

まずは、ブラッシング指導やフロスの指導を行い、それでもどうしても改善されなければ矯正を勧めることもあります。

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もちろん、叢生があれば綺麗な歯並びにしたほうが清掃性が高まるので、矯正をしたほうがいいのは間違いないですが、矯正には費用、期間、偶発症、後戻りのリスクが伴いますので、プロとして矯正を勧めるにはある程度の根拠が必要です。もちろん、患者が、審美も含めて歯列の改善を求めれば、矯正すればいいです。

ここで、矯正をすれば清掃性が良くなりそうですが、根拠があるのかどうかを知っておく必要があります。

歯科矯正治療が虫歯、歯周病の予防に役立つか

・虫歯と矯正治療について

Hafezらのシステマティックレビューによると、「叢生(歯のがたがた)と虫歯関係はない。」と報告されています。

Hafez HS,Shaarawy SM,AL-Sakiti AA,Mosta YA

Dental crowding as a caries risk factor: a systematic review.2012 Oct;142(4):443-50

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22999666

・歯周病と矯正治療について

Bollenらのシステマティックレビューでは、矯正治療が歯周組織の健康についてポジティブな影響を及ぼすという信頼性のあるエビデンスはなかった。大多数の患者に対して歯周病の予防目的で矯正治療を推奨できるエビデンスはない

Bollen AM1,Cunha-Cruz J,Bakko DW,Huaug GJ,Hujoel PP.J Am Dent Assoc. 2008 Apr;139(4):413-22.

The effects of orthodontic therapy on periodontal health: a systematic review of controlled evidence.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18385025

つまりは、歯科矯正治療が虫歯や歯周病の予防に関係するというエビデンス(科学的な根拠)はないということです。

しかし、我々歯科医師は叢生によって部分的に虫歯や歯周病が進行している場合があることを臨床的に知っています。

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この写真のように、清掃性が悪いところに虫歯ができることはよくあります。

エビデンスがなくても、歯科医師の判断で清掃性の改善のために矯正を勧めることが間違っているとは思いません。

そして、考えないといけないのは、矯正装置によって清掃性が悪くなるということです。

矯正装置には頬側装置、舌側装置、マウスピースがありますが、マウスピース以外の矯正装置をつけると矯正期間の2〜3年は清掃性がものすごく悪化します。

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ですので、プラークコントロール(清掃状態)の悪い患者に矯正治療は向いてません。あくまでも、モチベーションが高く全体的にプラークコントロールは良好だが、叢生部分が綺麗にできない患者に清掃性の改善のための矯正治療を勧めます。

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叢生部分は歯垢(プラーク)が残りやすく、虫歯と歯周病のリスクは高くなります。

そして、患者の虫歯リスク(原因菌、唾液)と歯周病リスク(原因菌)についても考慮します。リスクが高ければ、プラークコントロールが比較的良好でも、叢生状態の歯列は不利になります。

すでに歯周病が進行している患者に矯正治療を行う場合は、矯正の力と清掃性の悪化により歯周病が進行するリスクはかなり高くなります。プラークコントロールを徹底し、歯肉縁下の歯石もSRPや歯周外科でとっておく必要があります。歯列不正の改善後の動揺のコントロールについても考慮が必要です。

とにかく、やはり、まずはプラークコントロールを徹底し、その後、矯正をするしないの必要性を判断します。

高津充雄Smile woman dentist doctor

3、食事ができない、咬めないことの改善

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ここが一番シンプルです。患者が歯列不正によって食事がしにくく、改善を求めているのであれば矯正治療をすればいいです。

4、力の影響で歯が失われるのを防ぐため

これが一番議論が複雑になります。

患者が自分自身で矯正したいと希望し、自ら歯科医院に来院するときの多くの理由は審美改善です。ですので、力の影響で歯が失われるのを防ぐために矯正を勧めるのは我々歯科医師です。審美とは違い、我々歯科医師の判断の責任がより大きくなります。

部分的に強い力が加わっている場合、咬合調整(歯を少し削る)や被せ物での治療で強い力から逃れれる場合もあります。

「歯科矯正治療によって、力の影響で歯が失われるのを防げるのか?」は証明がしにくく、エビデンス(科学的な根拠)がほとんどないかと思います。

Dental Prescale を用いた8020達成者の咬合調査」fullの文献あり

http://ir.tdc.ac.jp/irucaa/bitstream/10130/178/1/105_154.pdf#search=’Dental+Prescaleを用いた8020達成者の咬合調査

という論文がよく使われます。

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8020を達成した52人を対象に噛み合わせを調査しました。

そのうち

正常咬合者は84.6%

上顎前突(出っ歯)は15.4%

過蓋咬合(噛み合わせが深い)は13.5%

反対咬合(受け口)は0%

開咬(オープンバイト)は0%

であったという報告です。

つまり反対咬合や開咬だと80歳で20本の歯を残す事はかなり難しいという結果なのです。

「8020達成者の歯列咬合の観察」

http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I4807099-00

という文献でも同様の結果となっているようです。

しかし、この数値をみる前提として、もともと受け口や開口の人は少ないという大前提があります。受け口は4〜5%くらいといわれています。ですので、0%という結果に恐怖を覚える必要はありません。しかし、それでも有意差があることは事実です。(どちらの文献も50人くらいの調査なので、少しn数が少ないですが)

ここでも、「受け口だから、開口だから矯正が必要」と考えるのは早いように思います。

強い力による影響を考えるのであれば、その人の力のリスク(パワーの度合い)を考える必要があります。

ですので、力のリスクが低い、パワーが弱いと判断すれば、受け口でも開口でも、矯正治療の必要性は低くなります。

補綴物が多いとリスクも高くなります。天然歯であれば、エナメル質の磨耗による順応もあります。

ここの診断の根拠は曖昧です。歯科医師の勉強の環境や、持っている知識、技術、考え方にかなり左右されます。

そして、力のコントロールによる歯の長持ちのために、正しい咬み合わせで再構成する治療(咬合再構成)において、その治療をするうえで矯正治療が必要かどうかを考える必要があります。

咬合再構成をすると診断した患者に矯正治療を行うかどうかの診断は、

顔貌と補綴スペースを考慮して咬合高径を決定したのち、

その高さでCR(centric relation:中心位)バイトを採得し、模型を咬合器(MH咬合器)にマウントして、

その最終の咬合高径の状態でアンテリアカップリングをみて、補綴のみで対応可能かどうかを診断します。

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この患者は咬み合わせを高く上げましたが(咬合挙上)、上顎前歯の舌面を分厚くし、下顎前歯を長くすることで、矯正治療がなくても対応可能と診断しました。

補綴のみで対応可能なときで、

すでに上顎前歯部に補綴が入っている場合は補綴のみで対応します。

天然歯が多いときはコンポジットレジンか、ラミネートベニアで対応可能かを考え、その次にクラウンを考え、その削合によるリスクを考えて、リスクが高い場合には補綴のみでなく矯正も考慮します。

補綴治療は健康な歯を削らないといけない、破損、脱離、二次カリエスのリスクがあるが、

矯正治療は期間、費用、痛み、偶発症のリスクがあります。

補綴もリスクがあり、矯正もリスクがあるので、コンポジットレジンで対応可能であればできるだけ最小限の侵襲で済ませたいと考えます。

アンテリアカップリングの診断で矯正治療が必要なくても、顔貌の審美で矯正したほうがいいという場合もあります。あくまで、最終的には総合診断です。

5、その他(便宜的に)

欠損歯が多数あり、そこにインプラント補綴をすれば良いという場合でも、全顎的な矯正治療で欠損のスペースを閉鎖することで、費用的に安く済む場合があります。ついでに顔貌の審美や口腔内の審美も改善されるので一石二鳥です。費用の面で便宜的に矯正治療をお勧めする場合もあります。

インプラント補綴はエビデンスが多く、素晴らしい治療ですが、それでもリスクはあります。外科的なリスク、そして、30年もつかどうかはわかりません。インプラント周囲炎、被せ物の破損、脱離、など、人工物ならではのリスクがあります。やはり、できるだけ天然歯でいることが良いと考えます。もちろん、矯正治療にもリスクはあります。

全てを総合的に診断し、それを患者に説明し、理解していただいて、患者が自分の意志で矯正治療をするかしないかを決定します。

まだまだ勉強中ですが、「成人に歯科矯正治療をするかしないか」について、自分なりに臨床的な勘所をまとめてみました。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

プロフィール

参考資料

Hafez HS,Shaarawy SM,AL-Sakiti AA,Mosta YA

Dental crowding as a caries risk factor: a systematic review. 2012 Oct;142(4):443-50

Bollen AM1,Cunha-Cruz J,Bakko DW,Huaug GJ,Hujoel PP.J Am Dent Assoc. 2008 Apr;139(4):413-22.

The effects of orthodontic therapy on periodontal health: a systematic review of controlled evidence.

歯科矯正学(第5版):医歯薬出版株式会社

Dental Prescale を用いた8020達成者の咬合調査

8020達成者の歯列咬合の観察

米澤大地:矯正用アンカースクリューテクニックを紐解く,the Quintessence.Vol.34 No.11/2015,P76-87

GPOアドバンスコース講義内容

大森塾講義内容